1。一。いち。イチ。
ちっちゃい癖に、ものすごい存在感の1。
たったひとつなのに、0と1の間には物凄く厚く高い壁があって。
俺は毎日その壁の険しさに打ちひしがれるんだ。
寝ても覚めても、授業中も休み時間も、登下校やお祈りの時間も。
考え憂うのはそのことばかり。
頭から離れてくれない。
(どんだけ好きなんだ、俺は)
(好きだよ、大好きだよ!・・悪いか!)
いっそ忘れることが出来たなら、どんなに楽なんだろうと苦しい胸を押さえては思うけど。
あの陽だまりのような笑顔はそう簡単に忘れられるものではない。
只でさえ忘れがたい暖かさなのに、物心つく前からずっと見てきたのだからたちが悪い。
好きだと気づいたときから目で追い続けてきたのだからなおさら。
(あー!好きだぁ・・)
現国の先生の眠たくなるような声を遠く聞きながら、俺は机に突っ伏す。
目を閉じれば愛しいの笑顔が脳裏に浮かび、どこからか俺の名前を紡ぐ耳障りの良い声が聞こえてくる。
(「りお」)
そうしてまた、心地の良い痛みが胸にじわりと広がって。
なんともいえない息苦しさが俺を眠りに落としていく。
(あー・・、早く放課後になんないかな・・・)
(野球、やってるときだけは。うじうじ考えなくて済むから)
長かった午前の授業が終わり、まだ眠たい目を擦りながら迅と一緒に屋上へ向かう。
野球部みんなで一緒に昼食をとるのはいつものことで。
(強制ではないからたまにいない人もいるけど)
今日ももちろん例外なくそうなる。
マネジのももちろん一緒だ。
はやくに会いたい。
でも、会いたくない。
ふたつの相対する感情が俺の心の中を支配する。
好きな人に会いたいと思うのはごく自然なことで。
でも俺は、準さんたちと一緒にいるには会いたくない。
だって、だって。
「あ、遅いよりおー!迅も!」
屋上へ続くドアを開けると、先輩たちはもう勢揃いだった。
もーおなかぺこちゃんだよ!、とは笑って俺たちを叱咤する。
(かわいいなぁ)
もやもやする心の不快感を一掃するには十分すぎる笑顔。
でも一瞬晴れ間を見せた俺の心は、の隣で同じように笑う準さんを見たときにまたすぐに曇っていった。
いや、別に準さんは何も悪くないんだけどさ。うん。
準さんは、だって、そもそもと同じクラスだから。仲がいいのは仕方がない。
悪いのは俺のもやもやする心、だから。
すんません!といいながら慌てて座った迅に続き、俺も座った。
もちろん、の隣。
「あれ?りお、今日はお弁当じゃないんだ?」
が購買で買った俺の昼食を覗き込んできた。
(ちょ、近いんですけど!)
ふわり、薫る甘い匂い。
一気に鼓動が速まるのがわかった。
抱きしめたい、なんて。出来るはずもないから余計にそんな衝動に駆られる。
「・・あー、今日は」
「早弁したんすよ!コイツ!」
(なっ!迅のやつ!!)
俺の前に身を乗り出して、迅がの質問に勝手に答えた。
「あー、育ち盛りってやつか!」
きゃらきゃら笑いあうと迅の姿にイライラしながら乱暴にパンの袋を引き破る。
取り出したパンを、やっぱり乱暴に口に放った俺の心は、もう曇り空どころか暴風雨。
(なんだよ、楽しそうにしちゃって)
(お腹すいてたんじゃなかったの)
無心にパンを頬張ってたら、急にのちっちゃい手が俺の頭の上に下りてきた。
「こんなに育っちゃって、まぁ」
そう言って、はそのまま俺の頭を優しく撫でる。
くすぐったいけど、心地よい。
でも、俺の心中は複雑で。
(子ども扱い、しないでよ)
「ちょっと前まで、あたしのほうがおっきかったのに」
の手がすっと離される。
ぬくもりが消えていくのに一抹の淋しさを感じたけど、なんでもないふりをした。
「追いつかれたのはいつだったっけ?」
お弁当のふたに手をかけて、が俺を見ながら聞いてきた。
「・・覚えてないよ」
そっけなく返したけど、は特に気にする様子もなくお弁当を食べだした。
(背ばっか追いついたって、追い越せたって)
(そんなの、なんにも嬉しくないよ)
売店で一番人気のメロンパンをやっとの思いで手に入れたのに、味なんかわかんない。
お気に入りのミルクティーも、ただの水より美味しくなかった。
(本当に追いつきたいところは、絶対に追いつけない)
ちら、とのほうを見やると、次の時限に小テストでもあるのだろうか、準さんと教科書を難しい顔で覗いていた。
準さんみたいに、と同じ時間を生きたかった。
たった一歳しか違わないのに、子ども扱いされるのが堪らなくいやで。
とおんなじスピードで成長していきたかった。
同じものを見て、同じことを感じて、と並んでいたかった。
(そんなの、もうどうにもなんないってことくらいわかってる)
(わかってる、けど)
「りお!どしたの?」
「え?」
に呼ばれてはっと我に返る。
メロンパンもミルクティーも、いつのまにか全部なくなってた。
「なんだよ、まだ寝ぼけてんのか?」
迅がまた告げ口でもしたんだろう。準さんが俺をからかって笑う。
迅のやつ、あとでなんか仕返ししてやるからな。
「もうホント、寝る子は育つだよね、りおは」
もう予鈴鳴ったよ、とが笑いながら言った。
あぁほら、またに子ども扱いされた。
一人の男として、見てもらいたいのに。
早くの瞳に映してもらえる男になりたいのに。
俺との距離は一向に縮まることがない。
「あ、りお」
不意に俺の頬に伸ばされるの手。
突然のことに俺はビクッと体を強張らせた。
「ほっぺ。食べカスついてるよ」
すっと俺の口元をぬぐっていく細い指。
その一連の動作に目を奪われた。
しなやかなの動きは自分のそれとは違っていて、酷く綺麗に思えた。
俺は鼻先がツンとする感じを覚えて、なんだか無性に泣きたくなったけど、ぐっと飲み込むことにした。
全身が張り裂けそうになるのを必死に堪えながら、俺はどうすることも出来なかった。
「仕方ないなー、りおちゃんは」
そう言い捨てて、準さんと一緒に階段に消えていくの後ろ姿を見ながら、俺は。
自分がどうしようもなく幼いことを噛み締め、呪った。
ほんの一瞬、触れられただけなのに。そこは熱く火照って。
そこから胸の真ん中辺りに向かってじりじりと何かが焼け付くような痛みを感じて、
涙が一筋頬を伝った。
「・・・どうすればいいの」
(こんな、癇癪を起こしたように泣くなんて、ホント、俺は)
(どうしようもなく、子どもだ)
コブシに力を込めて少しやわらかい屋上の床を見つめたまま、届くことのない言葉をひとつ、呟いた。
迅が何か言ってるような気がするけど、今の俺には聞き取れるほどの余裕などなかった。
彼女にとって僕は可哀想な子羊でしかないのだ。
(君が綺麗になっていくのをただ眺めるしか出来ない僕は)
(どうすれば、君の瞳の中に映りますか)
年の差の恋に10のお題
01:子ども扱いしてんじゃねぇよ
(リライト)
07.01 柑月 あかり