初めて彼女を見たのは、(榛名自身がどうおもってるかはわかんないけど)榛名が俺を褒めてくれた日。
練習後、足取りも軽く練習場を出ようとした、その時だった。
入り口のドアにもたれて誰かを待っているような女がひとり。
(誰だ・・・?見たことねぇな)
ここからだと後ろ姿しか見えないが、携帯の時刻表示を眺めているので多分待ち合わせなんだろう。
おおよそチームの誰かの彼女、といったところか。
「誰だよそんな浮かれたやつ・・・べつにどーでもいいけど」
半ば妬み気味に小声で悪態を吐きながら、
(俺だって、彼女とか、そーゆーの、欲しくないわけじゃない)
飲み乾したスポーツドリンクの缶を少し乱暴に投げた。
ガコンッと大きい音を立て、しかしきちんと空き缶はゴミ箱に納まる。
パチパチパチパチ
不意に聞こえた拍手の音に驚いて視線を向けると、音の根源には待ちぼうけの女の笑顔。
(お、美人)
少し下がり気味の眉に優しい双眸。それらに掛かる細い銀縁の楕円の眼鏡はレンズが少し厚めだった。
「すごいね、ナイスシュート」
その女は少し茶色がかったロングヘアをさらさらと揺らしながら笑う。
眼鏡の奥で細められた瞳は、薄い茶色をしていた。
全体的に色素が薄い、そんな印象。
その所為だろうか。
彼女の周りの雰囲気というか、彼女自身が、というか。
とにかく俺の視界の中に確かにいる彼女には、すぐにでも消え去ってしまいそうな透き通った儚さがあった。
その儚さは同時に彼女の美しさを際立たせているようで。
異形のもの、というわけではないが、彼女はまるでこの世のものではないかのような空気を纏っていた。
「・・・って野球やってる子にナイスシュートはないよね」
ごめんなさい、と頭を下げられてはっと我に返る。
柄にもなく、見惚れてしまっていたのだ。それも気まずすぎて謝らせてしまうくらい長い時間。
彼女に非がないことは明快で、申し訳なさが込み上げてくる。
「・・・や、別に気にしてな
「!わり、待たせた!!監督の話し長くってよー」
やっとの思いで搾り出した謝罪の言葉は、いとも簡単に掻き消された。
「あ、ハルちゃん」
俺のノーコンエースによって。
(・・元希さんを待ってたのか)
待ち人は、(俺にとって)最悪のタイミングで登場した。
自分の言葉を遮られてムッとするも、その感情はすぐに忘れることになる。
「・・ッ」
俺に見せたのとは違う笑顔を浮かべ、榛名を出迎える彼女の姿。不意に息苦しさを覚えた。
胸元が急に苦しくなって、うまく呼吸が続けられない。
(なんだ、コレ)
静かに、でも暖かく。彼女は笑っていた。
瞳の中に榛名を映して。
「お疲れ様」
「おーお疲れ!って、タカヤ?」
「・・ちす」
なぜかイライラする気持ちを、なんでかわからないまま抑える。
さっきまでコイツに褒められて浮かれてたのかと思うと自分が腹立たしくて仕方ない。
「?・・なんでタカヤと一緒にいんの?」
「あ!この子がいつも言ってた”タカヤ”くんなんだ?」
俺と彼女を交互に見て、あからさまに機嫌の悪くなった榛名。
それに気づいていないのか、彼女は榛名を押しのけて俺に近付いて来た。
「・・そーだよ。つか質問に答えろ」
榛名の声が一層低くなる。
やっと榛名の異変に気づいたのか、彼女の顔に焦りの色が浮かんだ。
(嫉妬かよ、だせぇ)
「なんでお前とタカヤが二人でいんのっつってんの」
肩をつかんで無理やり振り返らせて榛名が彼女に詰め寄る。
その行動は俺の止まらないイライラをさらに増長させた。
「それはね、ハルちゃ
「俺、ただ単に帰ろうとしてただけなんスけど」
彼女の声を遮って俺は答えた。
その拍子に榛名が俺を睨んだけど、怖くなんかなかった。
「ここ、出入り口だし。外出るやつは誰だって通るじゃないですか」
無理に引かれた肩は絶対に痛かっただろう。
でも彼女は、と呼ばれたこの人は、抗議の言葉を呟くこともなく困ったようにただ笑っている。
そんな優しい彼女を傷つけようとする傍若無人な榛名が許せなかった。
「あ?・・オメーには聞いてねーよ」
そう言うと、榛名は何も言わずにの手を取り力任せに引っ張って外に出て行った。
俺はカチンときて榛名の後姿に向かって言い返そうとしたが、
ごめんね
口の動きだけでそう言いながら、が榛名に掴まれてない方の手を顔の前で立て申し訳なさそうな顔をするので、止めた。
そしてやっぱり静かな微笑を湛えながら、
ばいばい
また無音でそう呟き、今度は小さく手を振った。
俺は笑えなかったけど、小さく手を振り返した。
二人の姿が夜の闇に消えていくまで、ずっと。
そして目を閉じ、静かに笑う彼女を思い出していた。
胸に込み上げてくるこのもやもやは、何なのか。
体の奥の奥からじんわりと広がる熱は、息苦しさの意味は、一体。
答えは出ていたけど、認めてしまうと辛いだけだとわかっていたから。
わざと気づかないふりをして、家へと急いだ。
帰り道、ふと見上げた空は、俺の心とは正反対に澄み渡っていて少し泣きそうになった。
美しすぎる夜空の所為にしたくてしょうがないんだ、何もかも。
だって、どうしようもないから。
(一目惚れなんて、自分には関係ないものだと思ってた)
(でも、知ってしまった)
突発的に考えた阿部夢。
阿部は一目惚れなんか絶対しなさそう。
だからこそ、させてみました。
・・ちなみに続いちゃいます。
07.01 柑月 あかり